EXETER訪問記   – Eric Bransden Esq. との旅 – (前編)

福るん日記

CHEF Traveling Sponsorship Program

この度、CHEF(Cemented Hip Education Foundation)のtraveling sponsorship programというものに選出頂けたため、2019年6月4日から22日までの約3週間、イギリスのエクセター(Exeter)という町に手術見学の旅に行かせて頂きました。

CHEFとはセメント人工股関節をこよなく愛する4人の著名な股関節外科医が本邦におけるセメント人工股関節の発展と普及を目的に結成した財団のことであります。私は股関節外科医で日々股関節手術、とりわけ人工股関節置換術に多く携わらせて頂いておりますが、近年日本では(世界的に見てもそうですが)医療用のセメントというものによらないセメントレス人工股関節(チタン合金でできた人工股関節の表面に特殊な加工が施されており、直接金属と骨とが固着する様式の人工股関節)が主流で、日本人工関節学会が執り行っている人工関節レジストリー(登録制度)によりますと実に78%の人工股関節にセメントレスタイプのものが使用されていると言われています。

ではセメントを使用した人工股関節が悪いかというと決してそうではなく、セメント人工股関節にはセメントレス人工股関節にはない利点もあり、日本でもセメントを用いた人工股関節置換術のみを行っている施設も少なからず存在しています。当科でもその利点を活かして患者さんの年齢や骨質などに合わせて両者を使い分けているのが実情です。

本稿ではセメント人工股関節の詳細については割愛させて頂きますが、セメント人工股関節では金属からなる人工関節材料(インプラント)をセメントで骨に固着させます。医療用のセメント自体にもその材料特性の違いからいくつかの種類が存在しますが、金属性インプラントには形状、材質の異なる数多くの機種が存在しておりどれを使用するかは主治医の裁量に委ねられているのが現状です。その数あるインプラントの中にエクセターステムと呼ばれるものがあります。これは大腿骨側に用いるインプラント(ステムと言います)で1970年11月27日に初代モデルの第一号が臨床使用されたそうです。お気付きかもしれませんがこのステムの名前は今回私が訪問させて頂いた地、エクセターに由来しています。このステムは股関節外科医でその名を知らない先生はいないほど世界的に有名です。その理由は非常に優れた長期成績にあります。その耐用年数は33年で93.5%(33年経っても93.5%の患者さんが緩みを理由に入れ替え手術をしなくても大丈夫という意味)と報告されており、他のステムでこれほど優れた長期成績を有するものはほとんどありません。

 

今回このエクセターステムの本場、Prince Elizabeth Orthopaedic Centreにセメント人工股関節手術を見学する機会を頂きましたので報告させて頂きます。

Prince Elizabeth Orthopaedic Centreとそこでの予期せぬ出会い

エクセターという町をご存知の方はあまりおられないのではないかと思いますが、ロンドンから西南方向におよそ160マイル(258km)離れた人口約12万人の町になります。町の歴史は非常に古く、2世紀頃にローマ軍の駐屯地として築かれ中心部はローマ時代の城壁跡に囲まれています。

 

そんな町の中心部にあるPrince Elizabeth Orthopaedic Centreで手術見学させて頂いてわけでありますが、手術見学で一番感じたことは当科でやっていることとあまり差異はないというものでした。もちろん幾つか細かい手技で参考になった部分はありましたが、あまり差がないということは裏を返せば当科がイギリストップレベルの病院で行っていることと同じかもしくはそれ以上の手術を行っているということを認識できるまたとない機会を得たこととなり大きな自信に繋がりました。

ちょうど滞在中にエクセターステムの開発者であるMr. Robin Lingの銅像が病院のエントランスにお披露目される記念式典が開かれ、Mr. Lingの奥様とも少しお話させて頂くという貴重な経験をさせて頂きました。

Dr.ではなくMr.と記載しましたが、実はイギリスでは外科医はMr.の呼称が、一般(内科)医はDr.の呼称が使われているようです。また3週間の滞在中に思いがけない出会いもありました。ちょうど私と日を同じくして香港から6週間の研修で来た36歳のBennyという関節外科医がおり、同じアジア人ということですぐに意気投合し仲良くなりました。彼は会った瞬間から流暢な英語を操り頭脳明晰な雰囲気を醸し出しておりましたが、実際仲良くなって香港事情や彼のこれまでの生い立ちなどを聞いていると超エリートであることがわかりました。香港は700万人を抱える大都市だそうですが医科大学というのはたったの2つしかなく、彼は極めて狭き門を潜り抜けた精鋭中の精鋭だったわけです。ちなみに大学の授業はすべて英語、国家試験もすべて英語だそうです。英語が流暢なわけです。

 

今回初めて知ったのですが、香港というのは一応中国に属してはいるものの一国二制度をとる世界で類を見ない資本主義国家で、言語も中国本土の標準語であるMandarin ChineseではなくCantoneseという違う言語を使っており、国家試験も中国本土とは違うものだそうです。そんなエリートBennyとレンタカーを借りてStonehengeで古代遺跡を前に遥か古の時代に想いを馳せたり、エクセターから西へ西へと車を走らせること2時間半、最果ての地として知られるLand’s endで眼下に広がるマリンブルー、遮るものは何もない水平線を遠くに見つめながらこの海のずっとずっと向こうはニューヨークかぁと留学時代を回想したり、と思えば今度は東へ東へ車を走らせ車窓に広がるイギリス海峡を眺めながら慣れないマニュアルカーを運転すること5時間、道中大好きなLenkaの「The Show」なんかをbluetoothに乗せて「Life is a maze…. I don’t know where to go… I’ve got to let it go, And just enjoy the show」という胸に染み入るフレーズに人生何があるかわからないけどただ楽しもう!なんて心躍らせながらLondonに程近いSeven sistersにも足を運びました。

Seven sistersというのはこの地の断崖絶壁がベールを被った7人の修道女のように見えることから名付けられたそうです。ナイフで切ったかのような断崖絶壁の岩肌は眩しいくらいに真っ白で、その純白と断崖上部のfootpathに生い茂る草原の若緑とが成す色彩のコントラストは圧巻でした。この絶壁は今でも年間30、40cmほど侵食により消滅しているそうです。この断崖絶壁に寂しげ佇む真っ赤なポストから柄にもなく両親に絵葉書を送って(Bennyの提案で)肌を撫でる波風にちょっぴりセンチメンタルな気分を助長されながら2人で気ままに旅させて頂きました。

こうした思いがけない出会いや交流は4、5日程度の国際学会では決して味わうことのできないものであり、今回この短期訪問で得られたかけがえのない副産物であると思っています。レンタカーを借りるまで知らなかったのですが、イギリス含めヨーロッパではマニュアル車が主流で、およそ20年ぶりにマニュアル車を運転しましたがとっても楽しく童心に返ったようで運転自体も楽しい旅の思い出となりました。

 

(後編)に続く…

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