米国Steadman Philippon Research Institute留学記 (中編)

福るん日記

こんにちは、福るんです。今回は、以前ご紹介した私の留学記前編の続きを載せたいと思います。前編、後編に分けて載せるつもりが、かなりボリュームがあったので、前編、中編、後編の3部構成にしました。今回は中編になります。

 

私は2013年12月1日から2014年11月30日までの1年間、アメリカ、コロラド州はVailにあるThe Steadman Philippon Research Institute(SPRI)に留学させて頂きました。

Vailはスキーやスノーボードで大変有名なリゾート地で、コロラド州の州都であるデンバーから約120マイル(約200km)、車で約2時間に位置しスノーボード発祥の地とも言われているところです。初めてこの地を訪れた時は、本当にこのような場所にあの有名なPhiloppon先生がおられるのだろうかと半信半疑でした。それもそのはず、このSPRIはまさにVail resort townのちょうど真ん中に位置しており、この施設からスキー場まで徒歩5分という立地だったからです。ちなみに2015年のWorld Ski Championshipはこの地で開催されました。(残念ながら私が帰国した直後の開催でしたが…)

ここはロッキー山脈の大自然に囲まれた大変素晴らしいところで、これまで先輩方も何人かアメリカに留学されておりますが、おそらく私ほど恵まれた留学先は後にも先にもないのではないかと思える程本当に素晴らしいところに留学させて頂いたと思っています。デンバーは標高約1マイル(約1600m)にあることから、マイルハイシティと呼ばれ標高が高い都市として有名ですが、Vailはそこからさらに高地に臨む、標高約2400m(富士山の5合目くらい)にある人口5000人くらいの小さな楽園です。私達家族(妻、6歳と1歳の娘)はこのVailの隣町であるAvonという、こちらも人口5000人程の小さな町に住んでおりました。

長女が初めてこの地を見たときに言った言葉が、“天空の城ラピュタみたい“というくらいにここVailは隠れた秘境、楽園という言葉がふさわしいノスタルジックで神秘的な地でありました。低酸素状態に馴染むのに少し時間を要しましたが、空気はもの凄く澄んでおり天気は金沢とは正反対で快晴の日が多く、その空の青さといえば日本の青空とは全く異なり、これぞまさしくスカイブルーという青さで、青空がこんなに美しいと感じたことはこれが初めてだったのではないかと思います。

私は、この地でPhilippon先生の股関節鏡手術の見学、cadaver(屍体股関節)を用いた手術手技のトレーニングに加え、臨床および基礎研究にも携わらせて頂きました。

Philippon先生は世界的に有名な股関節鏡手術に特化したスポーツ整形外科医で、オリンピック選手といった超一流スポーツ選手をはじめとして、年間約1000件ある紹介の中から適応症例、約300例を一人でこなされるhip arthroscopistです。これまでにされた手術件数は4000例を超えています。そのため世界各国からPhilippon先生の卓越した手術手技を一目見ようと毎日入れ替わり立ち替わりスポーツ整形外科医、股関節外科医が見学にやって来ておりました。そのおかげで私はフィンランド、ポーランド、アルゼンチン、イタリアなど様々な国の整形外科医と知り合うことができました。中でもノルウェーのオスロ大学から3か月間の短期留学に来ていたスポーツ整形外科医、Sverre Løken先生は自身がrowing種目におけるロサンゼルスオリンピック銅メダリスト、パリ世界選手権金メダリストという素晴らしい経歴の持ち主で、このLøken先生とfriendshipを築けたことは私にとって大きな財産となりました。

またこの他にも私はこの留学を通じてかけがえのない友人を6人も作ることができました。この施設には先程述べたような週単位から月単位で手術見学や短期留学に世界各国から多くの整形外科医が訪れていましたが、私のような1年単位で来ている留学生も存在しており、私がいる間にブラジルから4名、オーストリアから1名、ドイツから1名の留学生が来ていました。我々は同じinternational fellowとしてお互い助け合いながら、時にはアメリカ人の愚痴などを言い合ったりして意気投合していました。彼らは皆、とても賢く親切で、彼らの存在がなければ私のVailでの留学生活はきっと色褪せたものだったに違いありません。彼らと過ごした日々は私の今後の人生にとって大きな糧となってくれることでしょう。

この施設はアメリカ国内でも大変有名な施設で、スポーツ整形外科医(アメリカでは整形外科医はエリートしかなれませんが、とりわけスポーツ整形外科医には超エリートしかなれません)を目指す優秀な若手整形外科医がアメリカ全土から年間約180名applyし、そのうちこの施設で研修できるのはたったの6名という極めて狭き門である当施設に、私のようなしがない日本人整形外科医がアジア人で初めて長期留学できたのは、産業医大の内田先生のお力添えがあったからに他なりません。

臨床研究では日本人の二次性変形性股関節症の原因の8割強を占めるといわれる臼蓋形成不全股に対するPhilippon先生の股関節鏡視下手術の成績を知りたかったので、その成績について調査させて頂きました。最終的にそのデータを使って2本の英語論文を書き上げることができ、first authorとして2つの医学雑誌に投稿させて頂きました。この2本の論文はこれから私が股関節鏡手術を行っていく上での礎となってくれるに違いないと信じています。基礎研究では、私が提案した研究課題が採用され、約600万円の研究費を頂いて以下のような研究を行いました。私は留学前より高齢女性に好発する比較的稀な急速破壊型股関節症の原因として内反関節唇に着目し、それを留学中に論文としてまとめました。その臨床データを検証すべく、 SPRIにおいてcadaverを用いたbiomechanical studyをさせて頂きました。

具体的な内容としては、cadaverの股関節唇を意図的に関節内へと内反させることで、大腿骨頭軟骨にかかる荷重分散の変化について調べるというものです。残念ながら私の留学中にこの研究を完結することができませんでしたが、親友となったブラジル人整形外科医(私と同じ股関節外科医)、Christiano Trindade先生がこの研究を引き継いでくれました。この研究成果は私の所属として、留学先のSPRIのみならずPhilippon先生の御厚意で本学の名前を入れることも許可頂けたので、共同研究という形で成果を報告できればと考えています。この他にも金沢医科大学のデータを用いた英語論文を書くよう言われていた私は、空いた時間をみつけては英語論文を書くように努めておりました。その結果、留学に行く前には留学している間に5本書ければ御の字だろうと思っていたのが、終わってみればcase reportも含めてではありますが、本学の臨床データを用いた英語論文を12本書き上げることができたのです。

 

後編(完結編)につづく…

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